· 

汚れた一万円

 

今回の内容は、読む人によっては不快になるかもしれません。

なのである程度の覚悟を決めて読み進めてください。

ですが、最後まで読むと、あなた自身のことを少し好きになれるかもしれませんよ。

 

 

想像してみよう

 

あなたはいま、椅子に座っています。

そして僕は、あなたから3mほど離れた場所に立っています。

僕は右手に、一万円札を持っています。

そこで僕があなたにこう言います

 

「この一万円札を拾ったのなら、あなたに差し上げます」

 

そして僕は、僕の足元に一万円札を落としました。

僕はあなたが一万円札を拾うときに、邪魔をすることはありません。

罵倒することもありません。

僕はあなたが一万円札を拾うときに何もしません。

ただ立っているだけです。

 

そしてあなたが椅子から立ち上がり、3m進んで、僕の足元に落ちている一万円札を拾えばあなたのものになるのです。

これは心理的な試験でもなんでもありません。

単純に落ちている一万円札を拾うか拾わないかの選択をするだけです。

立ち上がって、歩いて、拾う。

この動作の所要時間は5秒あればできるでしょう。

たった5秒で一万円札が手に入るのです。

 

あなたは一万円札を拾いますか?

 

 

僕なら迷うことなく拾います。

だって、拾えば自分のものになるんですよ。

たった5秒で一万円が手に入るんですよ。

拾わない方がどうかしていると思います()

 

 

もっと想像してみよう

 

条件は全く同じです。

僕が落とした一万円札を拾えばあなたのものです。

 

僕はもう一枚の一万円札を取り出しました。

そしてそれを、二つ折りにして足元に落としました。

あなたはその一万円札を拾いますか?

 

 

僕はまた、一万円札と取り出します。

次はくしゃくしゃに丸めて足元に落としました。

あなたはその一万円札を拾いますか?

 

 

僕はまた、一万円札を取り出します。

次もくしゃくしゃに丸めて、足元に落としました。

そして、靴で踏みつけました。

くしゃくしゃに丸まっていた一万円札は、踏まれてぺしゃんこです。

あなたはその一万円札を拾いますか?

 

 

僕はまた、一万円札を取り出します。

次は、一万円札にツバを吐きかけ、くしゃくしゃに丸めて足元に落とし、踏みつけました。

あなたはその一万円札を拾いますか?

 

 

 

まあ最後のケースについては極端ですが、ゴム手袋をして拾いたいですけど、なくても後でお札と手を洗えばいいだけです。

なので僕なら、全部の一万円札を拾うでしょうね。

全部を繰り返しても、トータルで2分も掛からずに五万円が手に入るんですよ。

そりゃ拾うでしょ。

 

 

価値は変わらない

 

さて、お金を粗末に扱うんじゃない!

とお叱りの言葉を受けそうですが、あくまでも思考実験なのでご容赦ください。

何を言いたいかというと、一万円札に何をしても(燃やしたり、破ったらダメですが)一万円札の価値は変わらないということです。

これ、とても大切なことなんですね。

 

というのも、人はその時々において、くしゃくしゃに丸められたようになったり、踏みにじられたりされることがあります。

そのとき人は「どうせ自分なんか」と、自分の価値も下がってしまったように感じてしまいます。

 

でも一万円札は何をされても価値は変わりませんでした。

ということは、あなたの価値も下がることは無いということです。

 

「ぼろは着てても心は錦」という言葉もあるように、どのような状況であっても自分の価値は不変なんです。

自分が「自分は価値がある」と思えば、それが絶対的な価値になるんです。

 

企画書が十連続でボツになったからといって、あなたの価値が下がることはありません。

お腹周りに贅肉がついたとしても、あなたの価値が下がることはありません。

(これは僕自身に言い聞かせてます()

 

あなたはこの世界で唯一の存在なんです。

それだけで、この世界の誰よりも尊い存在なんです。

そのことは絶対に忘れないでください。

 

あなたは価値がある存在なんです。