あなたの職場にも、こんな人がいるかもしれません。
上司の言うことには一切逆らわず、常にイエスとだけ答える人。
上からの指示をそのまま部下に投げ、少しでも質問すると、それを考えるのがお前の仕事だと突き放す。
どこの会社にも一人はいそうな、正直言って関わるのが少し面倒な存在ですよね。
でも、ここで少し立ち止まって考えてみてほしいのです。
その人は本当にただの困った人なのでしょうか?
それとも、私たち自身も気づかないうちに、同じ道を歩いてしまう可能性があるのでしょうか?
ということで今回は、思考停止のイエスマンを題材に、自分で考えて生きるとはどういうことなのか、自分の人生を生きるとはどういう感覚なのかについて、考えていきたいと思います。
きっと今後の働き方や生き方を考えるヒントになると思うので、最後までぜひ読んでくださいね。
イエスマンは生存戦略?
思考停止のイエスマンと聞くと、どこか能力が低い人、主体性のない人というイメージを持つかもしれません。
でも実は、組織の中では意外なほど生き残りやすい存在でもあります。
その理由はいたってシンプル。
上司から見て、すこぶる扱いやすいんですね。
上司の指示に対して疑問を挟まず、余計な意見も言わず、言われたことをそのまま実行する。
そこに自分の考えや価値観を差し込まないということは、上司にとってストレスが少ない存在だと言えます。
考えるという行為は、本来エネルギーを使います。
もし部下が、なぜこの方針なのか、もっと良い方法はないかと考え始めると、上司もそれに向き合わなければなりません。
その手間を省けるという意味で、イエスマンは非常に便利なんですね。
そしてもう一つ重要なのは、イエスマン自身にとっても、それが楽に感じられるという点です。
考えなくていい、責任を取らなくていい、決断を他人に委ねられる。
その状態は一見すると安全で、失敗しない生き方のように思えるかもしれません。
ですが、この楽さはあくまで一時的なものです。
考えない選択を積み重ねた先に、どんな未来が待っているのか。
この点を見落としてしまうと、後々大きな代償として跳ね返ってくることになります。
やがて訪れる不安と恐怖
上司に気に入られ、順調に出世したイエスマン。
肩書きや立場だけを見れば、安泰なポジションにいるように見えるかもしれません。
でも、本人の内側はどうでしょうか?
思考停止のまま評価されてきた人は、実は自分の力で成果を生み出す経験をあまり積んでいません。
指示されたことを忠実にこなす能力はあっても、ゼロから考え、判断し、責任を持つ経験が乏しいまま、会社から権限だけでなく責任も与えられたわけです。
その途端に不安が顔を出します。
部下の中に優秀な人が現れたとき、この人に自分の立場を奪われるのではないかという恐れが生まれます。
上からは結果を求められ、下からは能力を試される。
逃げ場のない状況の中で、心が休まる瞬間はほとんどありません。
周囲から見れば順風満帆でも、内心では常にビクビクしている。
そんな状態は、決して安泰とは言えませんよね。
これは個人の性格の問題というより、考えることを避けてきた結果として起こる、構造的な問題だと言えるでしょう。
負の連鎖が転がり出す
自分の立場に自信が持てないと、人は自然と自己保身に走ります。
思考停止のまま出世した人が選びやすいのも、まさにこの道なんですね。
例えば、権力者とのつながりをやたらと強調したり、自分が評価や人事を握っていることを匂わせたりする。
問題が起きれば、誰かに責任を押し付け、うまくいった成果は自分のものにする。
部下から見れば、最悪の上司に映る行動ですよね。
でも、本人は悪意だけでそうしているわけではありません。
自分の能力に自信がないからこそ、立場を守るために必死になっているんです。
そう考えると、少し見え方が変わってくるかもしれません。
とはいえ、迷惑な存在には変わりありませんが…。
またそういった行動が、組織全体に悪影響を及ぼすのも事実です。
部下は萎縮し、挑戦しなくなり、組織は停滞していきます。
こうした負の連鎖もまた、思考停止から生まれた悲劇でもあるんですね。
そして優秀な人ほど、組織を見限りどんどん外へと流れでてしまいます。
たった一人のイエスマンを優遇することで、組織はどんどん弱体化していきます。
自分で考えることを手放した先にあるのは、衰退しかありません。
思考停止の怖さ
思考停止の状態で生きるということは、誰かの指示や価値観に従って行動し続けるということです。
それはつまり、自分の人生を生きているようで、実は誰かの都合の良い役割を演じている状態とも言えます。
考えなくていい人生は、確かに楽です。
失敗の責任を取らなくて済みますし、決断の重さからも解放されます。
でもその代わりに、自分で選んだという実感や、納得感は少しずつ失われていきます。
寄りかかれる存在がいるうちはいいかもしれません。
ですが、その人がいなくなったとき、自分の足で立てるでしょうか?
そのとき初めて、考えてこなかった時間の重さに気づく人も少なくありません。
人生の終わりが近づいたとき、多くの人がもっと自分に正直に生きればよかったと感じると言われています。
その後悔の正体は、自分で考え、自分で選ぶことを放棄してきた時間なのかもしれません。
今日からできること
自分で考えて生きると言っても、いきなり大きな決断をする必要はありません。
完璧な答えを出すことが目的でもありません。
大切なのは、小さな選択を自分で選ぶ感覚を取り戻すことなんです。
例えば、仕事の指示を受けたときに、この目的は何だろうと一度考えてみる。
もっと良いやり方はないかと、自分なりの視点を持ってみる。
それだけでも、思考は確実に動き始めます。
自分で選ぶということは、同時に責任を引き受けるということでもあります。
だからこそ怖さもありますよね。
でも、その責任を引き受けた先にこそ、自由や成長そして生き甲斐があるものです。
誰かに決めてもらった人生ではなく、自分の頭で考え、自分の意思で選んだ人生。
そこには不安もありますが、それ以上に納得感があります。
だからこそ結果がどうあれ、自分でそれを受け止めることができるんですね。
思考停止をやめることは楽を手放すことなので、勇気のいる選択かもしれません。
でもその一歩が、あなた自身の人生を生きるための、大切なスタートになるはずです。
今日から少しずつでいいので、自分の脳を働かせてみてくださいね。
とはいえ、このブログを読んでいるあなたは、思考停止になっているなんてことはないでしょうけどね(笑)
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