悪いことをしてしまったかもしれない。
あのとき、もっと違う言い方をすればよかった。
相手を傷つけてしまったのではないか。
そんなふうに、過去の自分の言動を思い返して、胸が重くなることってありますよね。
罪悪感という感情は、とても苦しいものです。
できれば感じたくないですし、早く消えてほしいと思うこともあるでしょう。
ですが、罪悪感そのものが悪いわけではありません。
罪悪感があるからこそ、人は自分の行動を振り返ることもできます。
誰かを傷つけたかもしれないと気づき、次は同じことをしないように考えることもできます。
ただ一方で、本当は背負わなくてもいいものまで背負ってしまい、自分を責め続けてしまうこともあるんです。
ということで今回は、合理的な罪悪感と不合理な罪悪感の違い、そして自分を必要以上に苦しめないための考え方についてお伝えしていきますね。
罪悪感は悪者ではない
まず大切なのは、罪悪感を感じる自分を責めすぎないことです。
罪悪感が出てくるということは、自分の行動が誰かに影響を与えたことを理解してる証でもあるんです。
つまりそこには、思いやりや責任感があるんですね。
心理学では、罪悪感は自分の行動に対する反応だと考えられることがあります。
つまり、自分という存在そのものが悪いのではなく、ある行動がよくなかったかもしれないと感じている状態なんですね。
ここがとても大切なポイントなんです。
自分はダメな人間だと考えるのではなく、あの行動は見直したほうがいいかもしれないと考える。
こう考えるだけで、心の負担はかなり変わります。
罪悪感を持ったからといって、自分を丸ごと否定する必要はありません。
どの行動を見直せばいいのか。
誰に何を伝えればいいのか。
次にどう変えればいいのか。
そこに目を向けることで、罪悪感は自分を成長させる感情に変わっていくんですね。
合理的な罪悪感
合理的な罪悪感とは、実際に自分の行動が誰かを傷つけたり、迷惑をかけたり、約束や責任から外れていたりするときに生まれる罪悪感のことを言います。
たとえば、約束の時間に遅れて相手を待たせてしまった。
感情的になって、相手にひどい言葉を言ってしまった。
引き受けた仕事を放置して、周りに負担をかけてしまった。
こういった場合、罪悪感を持つこと自体は自然ですよね。
そしてその罪悪感は、次の行動につなげることができます。
謝る。
事情を説明する。
次から同じことが起きないように仕組みを変える。
相手の気持ちを確認する。
このように、合理的な罪悪感には次の適切な行動に気づかせてくれる効果があるんです。
言い方を変えると、合理的な罪悪感は、必要な責任を引き受けるための感情と言えます。
ただし、責任を引き受けることと、自分を責め続けることは別です。
ここを混ぜてしまうと、せっかくの反省が自己攻撃に変わってしまいます。
大事なのは、自分を罰することではありません。
次の行動を変えることなんですね。
反省とは、自分を殴り続けることではなく、同じ場所でつまずかないために足元を見ることでもあるんです。
不合理な罪悪感
一方で、不合理な罪悪感というものもあります。
これは、実際には自分が責任を負う必要がないことまで、自分のせいだと感じてしまう罪悪感のことを言います。
たとえば、友人の誘いを断っただけなのに、ものすごく悪いことをした気がする。
家族の機嫌が悪いと、自分が何かしたのではないかと不安になる。
相手の期待に応えられなかっただけで、自分には価値がないように感じる。
こういった罪悪感は、本来持つべき責任の範囲を超えて、自分自身に過剰な責任を背負わせてしまっている状態と言えます。
不合理な罪悪感の背景には、いくつかの考え方のクセが隠れていることがあります。
たとえば、相手を不快にさせてはいけないという思い込み。
期待には応えなければならないという義務感。
断ることは冷たいことだという決めつけ。
人から嫌われるくらいなら、自分が我慢したほうがいいという考え。
こういった考え方のせいで、不要な責任を背負いすぎてしまい、罪悪感が増大することになるんです。
こうなってしまうと、自分の本音を押し殺すことになってしまい、当然のリクエストであっても「わがままかもしれない」と感じることになってしまいます。
不合理な罪悪感は自分を縛り付けるだけで、自由も発展も望めなくなってしまうんですね。
見分けるために
では、合理的な罪悪感と不合理な罪悪感は、どう見分ければいいのでしょうか。
その方法はいたってシンプルで、罪悪感の根拠が見えるものか見えないものかで判断できます。
たとえば、相手からの頼みを断ったとします。
このとき、不合理な罪悪感が強い人は、相手を傷つけた、自分は冷たい人間だと考えてしまうかもしれません。
でも事実だけを見ると、予定が合わなかったので断っただけかもしれませんよね。
このように、見えないものに意識を向けてしまうと、事実ではない相手の感情を勝手に生み出すことになってしまうんです。
なので、「実際に何をしたのか」に目を向け、その結果どうなったのかという、目に見えることだけに意識を向けるようにしてください。
自分の行動によってよからぬ結果になっていたのであれば、その罪悪感は合理的なものです。
一方で、目に見えないことが根拠となっている罪悪感であれば、それは不合理な罪悪感なので、手放してしまっても問題はありません。
罪悪感との向き合い方
罪悪感が出てきたときに大切なのは、すぐに消そうとしないことです。
罪悪感というのは嫌な感情なので、できるだけ早く楽になりたいと思いますよね。
こんな気持ちはもう感じたくない。
早く忘れてしまいたい。
なかったことにしたい。
そんなふうに思ってしまうのは、とても自然なことだと思います。
でも、そこで無理に押し込めようとすると、かえって心の奥に残り続けてしまうことがあるんです。
なのでまずは、自分はいま罪悪感を感じているんだなと、そのまま認めてあげてください。
もしそれが合理的な罪悪感であれば、必要なのは自分を責めることではなく、具体的な行動になります。
たとえば、相手を傷つけてしまったのであれば謝る。
間違ったことをしてしまったのであれば修正する。
誤解を生んでしまったのであれば説明する。
同じことを繰り返したくないのであれば、再発防止を考える。
相手の気持ちが分からないのであれば、確認してみる。
このように、現実にできることを一つ選べばいいんです。
完璧に取り返そうとしなくても大丈夫です。
過去を全部なかったことにすることはできません。
でも、これからの関わり方を良い方向に変えることはできますよね。
一方で、不合理な罪悪感であれば、責めすぎている考え方を少しゆるめてあげることが大切になります。
罪悪感が強い人ほど、優しい人であることが多いです。
相手のことを考えられるからこそ、自分の言葉や行動が相手にどう影響したのかを気にしてしまうんですよね。
ただ、その優しさが強すぎると、自分の気持ちを後回しにしてしまうことがあります。
もしも自分を過剰に責めているようなら、その罪悪感は手放すようにしてくださいね。
罪悪感は扱い方を間違えなければ、自分を成長させる良きパートナーになります。
ただし、すべての責任を背負う必要はありません。
実際に自分の行動が相手を困らせていたなら、できる範囲で誠実に向き合えばいいんです。
一方で、相手の気持ちを勝手に想像して、自分を責め続けているだけなら、その罪悪感は少しずつ手放していってください。
大切なのは、自分を責めることではなく、必要な責任だけを引き受けることです。
罪悪感に飲み込まれるのではなく、うまく付き合えるようになれば、生きやすさも変わっていきますよ。
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