嫌いだと思っていたけれど、よく考えてみると、ただ苦手なだけだった。
そんなことって、意外と多いのかもしれません。
人に対しても、仕事に対しても、日常のちょっとした出来事に対しても、私たちは不快な感情が出てきた瞬間に、これは嫌いなんだとまとめてしまうことがありますよね。
もちろん、嫌いだと感じること自体が悪いわけではありません。
でも、本当は少し工夫すれば向き合えるものまで嫌いとして遠ざけてしまうと、自分の可能性や人間関係の幅を狭めてしまうことがあります。
ということで今回は、「嫌い」と「苦手」を混同しないことの大切さについてお伝えしていきますね。
「嫌い」と「苦手」は同じではない
まずおさえておきたいのは、嫌いと苦手は似ているようで、実は少し違うものだということです。
嫌いというのは、対象そのものに対して拒否感がある状態です。
できれば関わりたくない。見たくない。近づきたくない。そういう気持ちが強く出てくるものですよね。
一方で苦手というのは、うまく扱えない、どう対応していいか分からない、慣れていないという状態です。
つまり、対象そのものが嫌というよりも、それに向き合ったときに適切な行動がとれないということなんです。
たとえば、電話対応が苦手な人がいるとします。
この人は本当に電話が嫌いなのでしょうか。
もしかすると、聞かれたことにうまく答えることができなかったり、そのための知識が不十分なだけかもしれません。
その他にも、丁寧な言葉遣いに慣れていないかもしれません。
まさに、適切な行動がとれないだけですよね。
ここを嫌いでまとめてしまうと、何もかもが嫌になってしまうので、改善するなんて考えも生まれなくなってしまいます。
でも苦手だと分けて考えることができれば、メモを用意してから電話する、最初に確認しながら進める、聞き取れなかったら聞き返していいと決めておく、というような工夫ができるようになります。
これは人間関係でも同じです。
ある人のことを嫌いだと思っていたけれど、実はその人の話すスピードが苦手だった。
強い口調が苦手だった。
沈黙が多い空気が苦手だった。
自分の意見を求められる感じが苦手だった。
そういうこともあるんです。
もちろん、それでも嫌だと感じるなら距離を取ってもいいと思います。
ただ、嫌いと決める前に、私はこの人の何が苦手なんだろうと少しだけ見てみると、また違った見え方ができるようになるんですね。
苦手を嫌いだと思い込む理由
では、なぜ私たちは苦手を嫌いだと思い込みやすいのでしょうか。
その理由のひとつは、人の脳ができるだけ物事を簡単に処理しようとするからなんです。
嫌な感じがする。疲れる。緊張する。うまくできない。そういった感覚が出てきたときに、それを細かく分けて考えるのは少し手間がかかりますよね。
本当は、何が嫌だったのか。どの瞬間に緊張したのか。自分は何を恐れていたのか。
そうやって丁寧に見ていけば、かなり細かく分けられるはずなんです。
でも日常の中で毎回そこまで考えるのは大変ですよね。
だから脳は、これは嫌いなんだとまとめてしまうことがあるんです。
たとえば、ある人と話すといつも疲れるとします。
すると、その人が嫌いなんだと思ってしまうかもしれません。
でもよくよく考えてみると、その人と話すときはいつも自分が聞き役になっていて、話したいことを話せていないのかもしれません。
あるいは、相手が悪い人というわけではなく、話題がいつも愚痴ばかりで、自分のエネルギーが削られているのかもしれません。
このように、嫌いというひと言の中には、いろいろな要素が隠れていることがあるんですね。
ここで大切なのは、嫌いと思ってはいけないという話ではありません。
ですが、嫌いという言葉はとても強いんです。
強い言葉だからこそ、その言葉を使った瞬間に、他の可能性が見えにくくなってしまうんですね。
苦手かもしれない。
慣れていないだけかもしれない。
相手の一部がしんどいだけかもしれない。
状況が合っていないだけかもしれない。
そういった可能性に目を向ける機会が消えてしまうんです。
だからこそ、何かを嫌いだと思ったときは、すぐにその感情に従うのではなく、私は何を苦手に感じているのだろうと問いかけてみてほしいんですね。
嫌いだけだと可能性が閉じる
嫌いと決めてしまうと、人はどうしても距離の取り方が極端になりやすくなります。
もう関わりたくない。
なるべく避けたい。
その人の言うことは聞きたくない。
その仕事はしたくない。
そんなふうに、心が一気に閉じてしまうんですね。
もちろん、これは悪いことばかりではありません。
本当に自分を傷つけてくる人や、心身に大きな負担を与える環境からは、距離を取ることが必要です。
むしろ、そこで無理に向き合い続けるほうが危ないこともあります。
ただ問題は、本当は苦手なだけのものまで嫌いだと思い込んでしまうことなんです。
たとえば、職場に少し厳しい言い方をする先輩がいるとします。
その人のことを嫌いだと思うと、その人の言葉すべてが攻撃のように感じてしまうことがあります。
注意されたときも、また責められたと思う。
アドバイスされても、上から言われたと思う。
何かを確認されただけでも、疑われているように感じる。
一度嫌いというラベルが貼られると、相手の行動が全部その方向に見えやすくなってしまうんです。
でも、苦手という見方をすると少し変わります。
この人の言い方は苦手。
でも、指摘の内容には学べる部分があるかもしれない。
仲良くなる必要はないけど、大切なところだけ受け取ろう。
そんなふうに、相手を全部拒絶するのではなく、受け取る部分と距離を取る部分を分けられるようになるんです。
人間関係は、好きか嫌いかだけで分けようとすると苦しくなります。
好きな人にも苦手な部分はありますし、苦手な人にも学べる部分や尊重できる部分があるかもしれません。
嫌いと決めると、世界は狭くなります。
苦手と捉えると、改善や工夫の余地が生まれるんですね。
嫌いを無理に克服しなくていい
苦手は工夫で変えられることがあるとお伝えしてきました。
でも、ここで注意したいことは、何でもかんでも克服しなければいけないわけではないということです。
中には、本当に嫌いなものもあります。
生理的に受け付けないというものですね。
そういうものまで、これは苦手なだけだから頑張らないといけないと考える必要はありません。
そういった考え方をしてしまうと、自分の心の声を無視することになってしまいます。
嫌いという感情にも役割があります。
それは、自分にとって大切ではないものを知らせてくれるサインだったり、自分を守るための盾になったりします。
大切なのは、嫌いと苦手を分けることなんです。
分けることで、近づくべきものと、距離を取るべきものの判断がつきやすくなるんです。
苦手だけれど、工夫すれば向き合えるもの。
苦手だけれど、少しずつ慣れたいもの。
苦手だけれど、今はまだ距離を置いたほうがいいもの。
そして、本当に嫌いだから無理に関わらなくていいもの。
このように分けて考えられると、無用なストレスから遠ざかることができます。
私たちはつい、嫌いなものを減らしたほうがいいとか、苦手を克服したほうがいいとか、前向きに頑張ることを正解にしがちです。
でも、人生のすべてを克服の対象にしなくてもいいんです。
嫌いなものを嫌いだと認めること。
苦手なものを苦手だと認めること。
それでも必要なら工夫すること。
無理なら離れること。
このどれもが、自分を大切にするための選択だったりするんですね。
嫌いと苦手は、似ているようで少し違います。
この2つを混同してしまうと、本当は工夫できるものまで遠ざけてしまったり、逆に本当に離れたほうがいいものに無理して向き合い続けてしまったりします。
だからこそ、何かに対して嫌だなと感じたときは、すぐに嫌いと決めつけるのではなく、少しだけ立ち止まってみてほしいんです。
無理に好きにならなくていい。
無理に克服しなくてもいい。
ただ、何が嫌で、何が苦手なのかを分けてみる。
その小さな整理が、自分らしく生きるための大切な一歩になっていきますよ。
Kindleで電子書籍を出版しました
出版一週間で
- ストレス管理部門
- ビジネス・経済スキル部門
- ビジネス・経済部門
- ビジネスコミュニケーション部門
- 実践経営・リーダーシップ部門
- 自己啓発部門
- 心理学部門
など、計13部門で一位を獲得。
Kindle Unlimited会員の方は無料で読むことができます。
書籍ページはコチラ
↓ ↓ ↓

コメントをお書きください