「もっとちゃんとしなければならない」
「人に迷惑をかけてはいけない」
「大人なんだから、こんなことで弱音を吐いてはいけない」
このように、自分に対して多くの決まりを課してしまっていませんか?
私たちは、社会の中で生活しています。
そのため、周囲に迷惑をかけないことや、決められたルールを守ることは大切ですよね。
自分の気持ちだけを優先して、周りのことを考えずに行動してしまえば、人間関係も社会も成り立たなくなってしまいます。
ただ、何に対しても「こうしなければならない」「こう在るべきだ」と考えてしまうと、自分で作った枠の中から出られなくなってしまうことがあります。
本当は休みたいのに、頑張らなければならない。
断りたいのに、頼まれたことは引き受けなければならない。
助けてほしいのに、人に迷惑をかけてはいけない。
そんなふうに、自分の気持ちよりも決まりを優先し続けていたら、人生は少しずつ窮屈なものになってしまいますよね。
ということで今回は、社会の秩序や周囲への配慮を失うことなく、自分を縛っている考え方を緩め、心を自由にする方法についてお伝えしていきます。
心を縛るルール
私たちは誰でも、自分の中にたくさんのルールを持っています。
「約束は守るべきだ」
「困っている人がいたら助けるべきだ」
「仕事は責任を持ってやらなければならない」
こうしたルールがあるからこそ、周囲から信頼されたり、安心して人と関わったりすることができます。
そのため、ルールを持つこと自体が悪いわけではありません。
ただ、そのルールが増えすぎたり、どのような状況でも必ず守らなければならないものになったりすると、心は少しずつ不自由になっていきます。
たとえば、「頼まれたことは断ってはいけない」というルールを持っていたとします。
時間にも気持ちにも余裕があるときなら、相手の頼みを引き受けることで喜んでもらえるかもしれません。
でも、自分が忙しいときや疲れているときまで引き受けてしまえば、負担はどんどん大きくなりますよね。
それでも断れないのは、断ることが悪いのではなく、「断ってはいけない」というルールに縛られているからなんです。
そして、自分に厳しいルールを課している人は、知らないうちに周囲にも同じものを求めてしまうことがあります。
「普通はこれくらいやるよね」
「大人なら我慢するのが当たり前」
「一度引き受けたなら、最後までやるべきだ」
自分が我慢して守ってきたからこそ、それを守らない人を見ると、腹が立ったり、許せなくなったりするんですね。
つまり、自分を縛っているルールは、自分の心だけではなく、周囲との関係まで窮屈にしてしまうことがあるんです。
ルールが苦しさに変わるとき
義務や規律、禁止があることで、社会の秩序は保たれています。
信号を守る。人のものを勝手に取らない。約束したことには責任を持つ。
こうしたルールまで、「心を自由にするために手放しましょう」という話ではありません。
問題になるのは、状況や理由を考えず、何に対しても同じルールを当てはめてしまうことなんです。
たとえば、「努力することは大切」という考えは、成長するうえで役に立ちますよね。
でも、それが「どれだけ疲れていても努力し続けなければならない」に変わると、休むことに罪悪感を持つようになります。
「人に優しくしたい」という思いも素敵なものです。
ですが、「どんな相手にも優しくしなければならない」と考えてしまうと、嫌なことをされても我慢し続けることになります。
「責任を持ちたい」という思いが、「すべて自分でやらなければならない」に変われば、人に頼ることもできなくなってしまいます。
もともとは自分や周囲を守るために作ったルールだったはずなのに、いつの間にか、そのルールに自分が苦しめられてしまうんですね。
それでも手放せないのは、ルールを緩めると「だらしない人になるのではないか」「周囲に迷惑をかけるのではないか」と不安になるからではないでしょうか。
でも、ルールを緩めることと、無責任になることは違います。
必要なときには守り、状況によっては別の選択をする。
その柔軟さを持つことが、心の自由につながっていくんです。
心の自由とは何か
心が自由な人と聞くと、周りのことを気にせず、好きなように生きている人を想像するかもしれません。
でも、心の自由とは、好き勝手に振る舞うことではありません。
自分の気持ちだけを押し通せば、周囲との衝突が増えますし、結果的に生きづらくなってしまいますよね。
本当の心の自由とは、周囲への影響のバランスを大切にしながら、自分で選べることなんです。
頑張ることもできるし、必要なら休むこともできる。
人の期待に応えることもできるし、難しいときは断ることもできる。
自分の意見を伝えることもできるし、相手の考えを受け入れることもできる。
決められた一つの行動しか選べないわけではなく、そのときの状況や自分の気持ちに合わせて、いくつかの選択肢を自分で生み出せることが「心の自由」なんです。。
「頑張らなければならない」と思っていると、頑張る以外の選択はできません。
でも、「頑張ることもできるし、今日は休むこともできる」と考えられれば、自分の体調や予定を見ながら選ぶことができますよね。
同じように、「頼まれたら引き受けなければならない」と考えていれば、断ることはできません。
しかし、「協力できるときは協力したい」と考えられれば、余裕があるときは引き受け、難しいときは断ることができます。
このように、選べる幅が広がるほど、心にも余裕が生まれます。
心の自由とは、ルールをなくすことではなく、ルールに自分の人生を決めさせないことなんですね。
心を自由にする方法
心を自由にするためには、まず自分の中にある「しなければならない」「してはいけない」に気づくことが大切です。
苦しいと感じたときは、その裏側にどのようなルールがあるのかを考えてみてください。
なぜ休めないのか。
なぜ断れないのか。
なぜ人に頼れないのか。
なぜ相手の行動が許せないのか。
そこには、「休んではいけない」「断ったら嫌われる」「人に迷惑をかけてはいけない」「普通はこうするべきだ」といった、自分なりのルールが隠れていることがあります。
そのルールに気づいたとしても、すぐに捨てる必要はありません。
まずは、「本当に、どのような状況でも守らなければならないのかな」と考えてみてください。
たとえば、「頼まれたことは引き受けなければならない」というルールがあるなら、「余裕があるときは、できるだけ協力したい」と言い換えてみます。
「人に迷惑をかけてはいけない」なら、「お互いに多少の迷惑をかけながら助け合うこともある」と捉え直してみる。
「失敗してはいけない」なら、「できるだけ丁寧に取り組みたいけれど、失敗したら修正すればいい」と考えてみるんです。
ルールを完全になくすのではなく、少し柔らかい表現に変えてあげるんですね。
「絶対にしなければならない」と考えると、それ以外の選択肢はなくなります。
でも、「できればそうしたい」「今回はどうするのがいいだろう」と考えられれば、そのときの状況に合わせて選べるようになります。
また、自分が周囲に「こうするべきだ」と感じたときも、一度立ち止まってみてください。
相手には、自分とは違う事情や価値観があるかもしれません。
自分にとっての常識が、すべての人にとって同じとは限りませんよね。
大切なのは、ルールに従って自動的に行動するのではなく、何のためにそのルールがあるのかを考えることなんです。
周囲を大切にするためなのか。
自分を守るためなのか。
物事を円滑に進めるためなのか。
目的が分かれば、その目的を守りながら、別の方法を選ぶこともできるようになります。
「こうしなければならない」ではなく、「自分はどうしたいのか」「今は何を選ぶのがいいのか」と考えてみてください。
その問いを持つだけでも、自分で決められることが少しずつ増えていきますよ。
義務や規律、禁止があること自体は、決して悪いことではありません。
それらがあるからこそ、私たちは周囲と安心して関わり、秩序のある生活を送ることができます。
ただし、そのルールをどのような状況でも守らなければならないものにしてしまうと、自分で作った枠の中から出られなくなってしまいます。
心を自由にするというのは、何の決まりもなく生きることではありません。
自分を縛るルールに従うだけではなく、そのときの自分に合った選択を、自分で決められるようになることなんですね。
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